給食屋くずれのおばはん 18


ここまでつらつらと書いたが、本当は就労継続支援B型のハコモノをDIYしていく様子や指定を受けるまでのリアルを中継したかった。

しかし現実はブログを書きながら工事を進めるという器用さはどうも持ち合わせていなかったようである。

気が付けばDIYもあらかた終わって、申請の方も多少はこのブログでも書いたことがあったが、特筆すべきものはなく、いったん提出したら後は待つのみであった。

就労継続支援B型事業所<E>も短い期間に色々あった。

このブログでは登場しなかったが、「給食屋くずれのおばはん」というのも存在した。

しかしなんでもかんでも書くと私の愚痴のようになってしまうのでそっとしまっておこう。

私はこれまでの人生で比較的人間関係には恵まれてきた方だったと思う。

だが今回の就労継続支援B型事業所<E>を巡っては、来る人間来る人間みなその逆をいった。

これは今まで恵まれてきたのだから勉強というか修行としてA女史を使って神様がわざと「けったいな人間」を送り込んできたのではあるまいか。

唯一A女史とだけは今でも良い関係を築いている(つもりだ)が、今回、新たに就労継続支援B型を開設するにあたってA女史に感謝と報告を兼ねて挨拶に伺った。

その時に聞いたのは、なんとおじいちゃんコンサルの<X氏>と「給食屋くずれのおばはん」は私も知る同じ人物からの紹介であったのと、A女史が信仰している神社は、私が不動産屋開業以来長年崇敬している同じ神社であった。

これが地元の神社であれば「商売人であればよくあること」と片づけられるかもしれないが、私やA女史が拠点としているところから80キロ以上離れた神社である。

だからその時は腹が立ったとしても、なんとも奇妙なご縁でつながっているとしか思えず、全て学びとして受け入れようと思った。

現時点で就労継続支援B型事業所<E>は経営者も法人自体も入れ替わり心機一転スタートした。
広告屋くずれの薄ら禿オジンは相談支援専門員として活躍している。
うだつの上がらぬアラサー男や、おじいちゃんコンサル<X氏>は今どうしているのか私は知らない。
「給食屋くずれのおばはん」はまた給食屋に就職したと聞いた。
A女史は「福祉事業をやりたい」といったあの期間は一体なんだったんだろう、というくらい以前の生活に戻っている。

そして、私は新たに就労継続支援B型事業所を始めた。今まで書いてきた記事のカテゴリが「立ち上げるまでの経緯」としてきたが、これはこれで備忘録として保持しておき、今後はより新たに現在進行形のカテゴリに変更して全く別の角度から記事をアップしていきたいと思う。


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