ハローワークから二人の男が応募してきた 5

事業所の名称が決まった以上は早々に指定申請提出なのだが、これがまたスムーズにはいかなかった。

 

今回の就労B型をするきっかけにもなったA女史の知り合いという人に結構なギャラを払い申請をお願いしていたのだが、何がどう歯車が嚙み合わなかったのかそのお鉢が私に回ってきた。

 

その時はA女史はお金まで払っているといっていたので、私は訝しながら書類を作成した。

特に4月1日スタートの申請はお役所も大変混むらしい。

 

通常なら1か月半前までに書類を提出という事になっているが、4月スタートだけは1月中に出してほしいとの事。

 

ただ、幸いだったのは、以前私が高齢者介護をやった時と同じ県への提出ということもあり、共通した書式が使われていたので案外苦労なく仕上げることができた。

あとは人員配置の書類だけとなった。

当然ゼロからのスタートなので、利用者もゼロ。スタッフはこの時点で管理者兼サビ管が私、職業指導員をA女史とした。

 

規定であともう一人必要だった。

それは生活支援員というポジションで最低この3名が必要である。

 

ただし特別な資格は必要ない。そこで広く一般から、つまりハローワークで募集することにした。

状況から常勤でなくともよい。つまりパートでも良いが毎日誰か最低一人は生活支援員として入っておかなくてはならない状況だった。

 

もともとこのポジションには、就労B型を計画したとき、私の知人のとある女性と、もう一人、A女史と私の共通の知人女性の計2人が参画する話があった。

しかし土壇場になって今回見送りたいという。

 

今思えばものすごく感受性がゆたかというか目に見えないものをキャッチするコだったので、何かを受け取ったのかも知れない。

あれだけ乗る気だったのに、急に辞退するので私も少し気にはなったが、当時私自身は前進あるのみ、という心境だった。

 

もう一人の共通の知人女性のほうは施設見学などもA女史を交えて一緒に行ったが、いつまでも「考える・・、考える・・」で結局は参加したかった。

 

この女性の場合は身内に障害福祉に携わっている人がいるので話を色々聞いていたようだ。

 

まあ結果を見ると彼女達は正解だった。これが女性の第六感というやつなのか、さすがと言わざるを得ない。

話は横道に逸れてしまったが、くだんのハローワークからは二人の男が応募してきた。

一人は広告屋あがりの65歳になる薄ら禿オジン、もう一人は線の細いうだつの上がらぬアラサー男だった。

アラサー男の方は将来自分で事業をやりたいとの事だった。フィアンセが居る独身で、若い若いと言われていたが、回りが高齢なので若いと言われているだけで、三十過ぎとなると客観的に見ればいい歳だ。どっちも成就しないフリーター然とした中途半端な男だった。

 

薄ら禿オジンの方は最初からなんとなく胡散臭さを醸し出していたが、テレビにも顔がききます、と後々A女史の芸能活動の方にも食い込んでいく、という胡散臭いオジンの面目躍如と言わんばかりにイカサマ舞台を見せてくれることになる。

 

せめてもう一人か二人応募があればこちらも選択の余地があったのだが、タイムリミットは迫っており、そうも言っておられず仕方なしにこの二名を採用することにした。


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